塾長ブログ

解法テクニック vs 本物の国語力

国語の学習に近道はありません。
解法テクニックみたいなものは多少なりとも存在しますが、いつもその法則通りにいく訳ではありません。「こうすれば必ず解ける!」という単純で絶対的なルールがあれば楽なのですが、言葉の意味を理解したり、文脈を読んだりする地道な作業が国語においては不可欠です。

文章を読解する際、私は生徒にいつも「どこに注目して読むか」を教えています。キーセンテンスだったり、キーワードだったり、心情語や接続詞だったりと文の種類によって着目する点は異なりますが、漫然と読むのではなく、国語式のアクティブリーディングを行う習慣をつけると、論点がすっきりします。いわゆる、頭と手を動かしながら読む手法です。段落ごとの縮約や図解、要約。アプローチの仕方は様々であったとしても、塾や予備校で教えられるのはこれぐらいです。

上記に加え、みがくの高校生にはマークセンスを磨く練習をしてもらっていますが、これも語彙や表現、言い換え力などの国語力が不足しているとなかなか大変です。当然ですが、問題文も設問文も全て日本語で書かれている上に、筆者の主張を汲み取ったり設問作成者の意図を察したりする作業はどうしたって避けて通れません。

「国語は継続して初めて力が身につく教科だ」というのが、真摯に国語と向き合ってきた人間ならば、誰しも辿り着く結論ではないでしょうか。

法則や解法を使って簡単に読み解く「パフォーマンス」をして見せるのはそう難しいことではありません。国語が苦手な生徒や保護者の方に夢を見せてあげることができますしね。それでも、その解法テクニックには限界があります。単なるメッキはすぐに剥がれてしまうのです。
かく言う私も同じです。塾講師時代は夏期講習などで、外部生を惹きつける派手なパフォーマンス授業をしたことがあります。偉そうなことを言える立場ではありません。

しかしこの30年、多くの生徒に指導してきた中でいつからか、「磨くべきは解法テクニックではなく、本物の国語力である」という確固たる思いが自分の芯部にどしんと据わるようになりました。いかに言葉というものに親しみ、自分の中に取り入れるか。そしてその言葉を、思考したり他者を理解したり…と生活の中に活かしていけるか。自分はそのための指導をしたい、という思いがどうしようもなく強くなっていったのです。そうして立ち上げたのが国語専門塾みがくでした。

国語を好きになること。読書や言葉調べなど、沢山の言葉を取り込めるような習慣を身につけること。みがくではまずそこから始めています。
国語が大嫌い。本は読みたくない。文章を書くのが苦手。そんな子たちが、転じて本好きになったり、作文でクラス代表に選ばれたり。当初は苦手意識が強かった国語がいつの頃からか好きになり、逆に1番の得意科目になるのを身近で見てきました。予備校講師出身の自分が、テクニックを教えない塾を開校することに当初は不安を覚えはしましたが、今はそれで正しかったと自信を持って言えます。

テストで点数を取るためだけの付け焼き刃の読解力とは異なり、本物の国語力は応用も効くし、カバー力もあります。本物の国語力は、自分も 周りの人をも照らす光を放ちます。

頭も心もやわらかい子どものうちから是非とも育て養っていきたい力です。

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