「きっと、ぼくも悪かったんだと思う」
泣き腫らした目で、彼はそう呟きました。
たつき君(仮名)。
当時小学3年生です。
どの教科も学習進度が高いだけではなく、周囲に気配りの出来る生徒でした。
大人びた態度からか、友だちから「じぃ」と呼ばれています(笑)。
私が2週間ほど、臨時講師をしていたその塾は「完全・個別指導」を行なっていました。
時間帯によっては、生徒の質問対応や採点処理が一度に集中することがあります。
結果、「ちょっと待っててね!」と生徒を待たせることも多々ありました。
自分の番を待っている間の生徒たちの反応はそれぞれ。
絵を描いている子。
おしゃべりをしている子。
机にうつ伏して寝ている子。
ぼーっと頬杖をついている子…。
「先生、まだぁ~??」
早くしてよ、先生!」
そう文句(笑)を言いに来る子たちも沢山います。
そんな中、たつき君は採点に追われている私にいつもこう言ってくれました。
「先生、ぼくのは後回しでいいよ。」
自分は後回しでいい。
待っている間、本がたくさん読めて嬉しいから。
…そう話す小3の彼が、とても「大人」に見えたのを覚えています。
私の臨時講師としての役割が終える前の週のことです。
たつき君が顔と手足に擦り傷を作って、塾に来ました。
ひどく泣いたのか、目も赤く腫れています。
自分の席にカバンを置くと、彼はすぐトイレに向かいました。
様子がおかしいので、私はたつき君を追いかけました。
「その傷、どうしたの?」
たつき君は小さな声で言いました。
「けんかしたの」
たつき君がケンカ??
さらに聞けば、同じクラスの男子と学校帰りにケンカをしたとのこと…。
気が緩んだのか、たつき君はまたシクシクと泣き始めました。
3分くらいでしょうか。
泣くのをやめて、顔を上げたたつき君が呟きました。
「きっと、ぼくも悪かったんだと思う」
彼は続けます。
「お母さんがね、いつも言っているの。『おまえが悪い』って、人を指さすのはダメだって。残りの3本の指は自分のほうを向いているんだって。」
擦り切れた、小さな手の指を曲げながら、たつきくんはそう言いました。
私も中学時代に担任の先生から、これと同じ話を教えてもらったことがあります。
「あなたが悪い」と相手に指をさす時、人差し指は相手に向かっています。
でも折り曲げた中指や薬指や小指は、指したあなた自身に向かっている。
と言っても、「あなたが悪い」と言ったほうに非がある、というわけではありませんよ。
相手を非難・批判する前に、自分自身をまず振り返ってみなさいということです。
そして、間違いを犯した相手の罪を「許す」ことができるか。
それが自分に与えられた試練であり、罪を犯すよりも三倍難しい行為なんです。
…恩師がおっしゃったこの言葉は、私の人生にとって大事な「道標」の1つです。
たつき君は小学3年生にして、この言葉の意味をある程度は理解していたのでしょう。
お母さんも思慮分別のある方なのだと思います。
「暴力をふるったのは、絶対にりょうくんが悪い。でも、ぼくも山田先生(たつきくんのクラス担任)に相談しておけばよかった。ずっと前から知っていたんだから…。」
とても穏やかに、優しく、大人びた表情で話すたつき君を、今でもたまに思い出します。
…今、どんな大人になっているのかな。
「じぃ」と呼ばれる少年のエピソードでした。