頭では理解しているのに、心はどうも釈然としない。
そんな時ってありませんか?
私の母は「もやもや病」という脳の難病を持っていたのですが、臨終の際にこんな場面がありました。
病院に私が駆けつけた時、脳出血を起こした母はすでに手遅れの状態でした。
19時半頃のことです。
父や妹、弟、また、母の兄弟たちが続々と母の寝ている病室に集まります。
みな思い思いに声を掛け、涙を流しながら母の冷たい手足を懸命にさすっていました。
こんなに悲しい時間がこの世に存在していたのか…。
悲しみと混乱で、まるで頭に霧がかかったようにぼんやりとします。
病室と同じフロアーには、「家族控え室」というのがありました。
22時をまわり、「長期戦」も予想した私は、布団を敷くためにその控え室へ向かいます。
途中には受付があり、その前を通った時のこと。
中には看護士たちが数人いて、彼女たちは何やら談笑していました。
手をたたきながら、それはそれは楽しそうに笑っています。
受付のガラスに映る私の顔は、涙を流しすぎたために目が腫れ、顔もむくんでいます。
やつれきって、まるで老婆のようでした。
「私たちと、なんて対照的なんだろう…」
憔悴しきった心で、そう感じたのを覚えています。
夜も更けて、午前3時を過ぎたころ、母の熱が急激に上がりました。
顔が上気し、額がものすごく熱くなっています。
可愛そうで見ていられないので、妹と一緒にアイスノンをもらいに受付に走りました。
状況を話すと、医師らしき男性がこう言いました。
「お母さんはもう意識がないので、熱いという感覚はもうないと思いますよ」
それでもとお願いしてアイスノンをもらったのですが、30分も経たないうちに母の額はまた熱くなります。
再びアイスノンをお願いすると、看護士は明らかに面倒くさそうな顔をしたのです。
半年経った今でも、私はその表情が忘れられません。
受付にいた看護士たちの笑顔。
医師の言葉。
フラッシュバックのように、繰り返し頭をよぎります。
臨終という特別の場です。
私の精神状態は普通ではなかったと思います。
無性にイライラし、周囲の反応に異常なくらいピリピリもしました。
そんな状態だからこそ、彼らの言動に「とてつもない違和感と嫌悪感」を覚えたのかもしれません。
それに、母の死は「こっち側」の問題であって、他人には無関係なことです。
私だって同じなのです。
今この瞬間もどこかで知らない誰かが亡くなっている、という現況を考えたとしても心はさほど痛みません。
いいえ。いちいち痛んでいては生きてはいけません。
医師や看護士という職業であればなおさらでしょう。
「臨終を迎えようとしている人がいます。あなたたちも笑わないで一緒に悲しんで下さい」
そんなことを言うつもりはありませんし、その言葉は完全なる「エゴ」だということも十分にわかっています。
…誰も間違えてはいない。
…被害妄想に過ぎないのかもしれない。
…人の言動の一面だけ切り取って、物事を判断するのは正しくない。
頭ではわかっていました。
ところが、「心」がなかなかそれを受け入れてくれないのです。
病院への不信感。担当医師や看護士への嫌悪感。
それらの感情が募れば募るほど、理性が私自身をも責め質します。
理性と感情のバランスを保つこと。
母の臨終の時はそれがどんなに難しく感じたことでしょう。
でもそんな時こそ、なんですよね。
窮地に立たされた時にこそ、何としてでもバランスを保たなければならないんです。
そうしないと、一気に崩れて立ち上がれなくなってしまいます。
愛する人との別離は誰にだって訪れます。
人生、それ以外にも何かにこてんぱんに打ちのめされることもあります。
そんな時、ただただ悲しみの闇に放り出されたままにならぬように。
怒りや苦しみの業火で自分自身を焼き尽くしてしまわぬように。
「理性」というのは、とても必要なものです。
理性は「論理的な思考」からもたらされます。
そして、論理的思考の礎は「言語力」です。
だからこそ、私は国語という学問を重要視しているのです。
理性と感情。
どちらも人間にとって必要なもの。
どんな時でもバランスを保てることも、「人間力」の1つなのでしょう。