「文字鎖(もじぐさり)」という言葉をご存じでしょうか。
歌の修辞法の1つで、句の終わりの文字を次の句の頭に持ってきて、鎖のようにどんどん繋げていく手法です。簡単に言うと、現代の「しりとり」のイメージです。しりとりは主にバラバラの単語を繋いでいきますが、この「文字鎖」は歌にして繋いでいました。例えば、こんな感じに。
Aさん:花の香(か)は
Bさん:はかなき色に
Cさん:にほひ出て
Aさん:照るも移ろふ
Bさん:ふりにし世かな
即興で詠んだのでベタな和歌になってしまいましたが、このように短歌もしくは長歌を数名で、しかもしりとり形式で繋いでいきます。「文字鎖」には様々な方法があり、上記以外にも、ある特定の言葉(お題)の文字を一音ずつ各句の頭に置いて詠むものもあります。
これは江戸時代の国学者である本居宣長が作った文字鎖。「やまのはな」「ゆうすずみ」などの言葉の頭文字を一文字ずつ配置して、しりとりのように歌を繋いでいます。国学研究の傍ら、気分転換で作ったものだそうですよ。自作のクロスワードパズルのようなものですね。しかも超難関な。
また、「源氏文字鎖」というものもあります。小説家である武者小路実隆が創作したものです。
紫式部が平安時代に執筆した「源氏物語」は、全部で五十四帖(巻)とされています。その帖(巻)には全て名称(題名)があり、その名称を1から54まで順に詠みこんだしりとり歌が「源氏文字鎖」です。源氏の巻名を順に覚えるために、私は大学時代にこれを全て記憶しました。今となってはあまり役に立ちませんが、「源氏物語マニア」気分は味わえます(笑)。
どんなものなのか読んでみたい!という奇特な方もいらっしゃると思いますので、以下に掲載しておきますね。なお、頭の番号は巻名です。41巻と42巻の間にある「雲隠」は帖名だけ残っていて、本文が存在しない「幻」の巻となっています。紛失説もありますが、紫式部が「意図して書かなかった」説が今は有力なのかな。それではいきますね。しりとりのように結語を繋いで七・五・七・五と続いていきます。
【源氏物語文字鎖】
源氏のすぐれてやさしきは、
1.はかなくきえし桐壺(きりつぼ)よ、
2.よそにも見えし帚木(ははきぎ)は、
3.われから音になく空蝉(うつせみ)や、
4.やすらふみちの夕かほ(ゆうがお)は、
5.わか紫(わかむらさき)のいろごとに、
6.にほふ末摘花(すえつむはな)の香に、
7.にしきと見えし紅葉の賀(もみじのが)、
8.かぜをいとひし花の宴(はなのえむ=はなのえん)、
9.むすびかけたる葵(あおい)ぐさ、
10.榊(さかき)のえだにをくしもは、
11.花散る里(はなちるさと)のほとゝぎす、
12.須磨(すま)のうらみにしつみにし、
13.しのびてかよふ明かし(あかし)がた、
14.たのめしあとの澪漂(みおつくし)、
15.しけき蓬生(よもぎう)つゆふかみ、
16.みすに関屋(せきや)のかげうつし、
17.しらぬ絵合(えあわせ)おもしろや、
18.やどに絶せぬ松風(まつかぜ)も、
19.ものうき空の薄雲(うすぐも)よ、
20.世は槿(あさがお)のはなのつゆ、
21.ゆかりもとめし乙女(おとめ)子が、
22.かけつゝたのむ玉かつら(たまかつら)、
23.うたきはるの初音(はつね)のひ、
24.ひらくる花にまふ胡蝶(こちょう)、
25.ふかき蛍(ほたる)のおもひこそ、
26.そのなつかしき常夏(とこなつ)や、
27.やりみづすゞし篝火(かがりび)の、
28.野分(のわき)けの風にふきまよひ、
29.日かけくもらぬ御幸(みゆき)には、
30.はなもやつるゝ藤袴(ふじばかま)、
31.まきの柱(まきばしら)はわすれしを、
32.折梅が枝(うめがえ)のにほふやと、
33.とけにし藤のうら葉(ふじのうらば)かな、
34-35.なにとてつみし若菜(わかな)かも、
36.もりの柏木(かしわぎ)ならの葉よ、
37.横笛(よこぶえ)のねのおもしろや、
38.やどの鈴虫(すずむし)声もろく、
39.らき夕霧(ゆうぎり)秋ふかみ、
40.御法(みのり)をとりし磯のあま、
41.幻(まぼろし)の世のほどもなく、
雲隠(くもがくれ)れにし夜半の月、
42.きく名も匂ふ(におうのみや)兵部卿、
43.つらふ紅梅(こうばい)色ふかし、
44.忍ぶはしなる竹川(たけかわ)や、
45.やそ宇治川の橋姫(はしひめ)の、
46.のがれはてにし椎が本(しいがもと)、
47.ともにむすびの総角(あげまき)は、
48.はるをわすれぬ早蕨(さわらび)も、
49.もとのいろなる宿木(やどりぎ)や、
50.やどりとめこし東屋(あずまや)の、
51.のりのなも浮き船(うきふね)のうち、
52.契りのはては蜻蛉(かげろう)を、
53.おのがすまひの手習ひ(てならい)は、
54.はかなかりける 夢の浮橋(ゆめのうきふね)
七五調のリズムに合わせながら、順番通りに巻名を詠みこみつつ、しり取りのように言葉を繋いでいるため、漢字が異なっていたり巻名の一部しか使っていなかったりなど、多少は不完全な部分もあります。それでも、意味的にもそれらしく詠まれているのはお見事!
来年度からの新教材案の1つとして、この「文字鎖」を国語学習に応用できないか模索中です。