みなさん、「古文」はお好きですか(好きでしたか)?
「大好き~」と答える人は、そう多くはいないと思います(笑)。
「好き…だけど苦手。成績はそんなに良くはなかった」という人もいるでしょう。
古文がみんなに嫌われるのは、何が書いてあるかよくわからなくて内容が理解できないから…ではないでしょうか?
内容が理解できないと、当然テストでも点数が取れません。
点数が取れないとなおさら、勉強するのがイヤにもなります。
まさに悪循環…
国語(言語)の勉強をする時には、「4つの力」が不可欠だと言われています。
すなわち、書く力・読む力・話す力・聴く力の4つです。
機会があれば詳しく書きますが、この4つの力は密接に関係し合っています。
例えば、「英語」の勉強をイメージしてみてください。
書く力(英作文などのライティング)や読む力(英文読解・リーディング)を学校で勉強しましたね。
また、話す力や聴く力(英会話・リスニング)も学びます。
英語に関わらず、韓国語やイタリア語など…言語を習得する時は上の4つの力をつけていくための指導がなされていると思います。
さて、それでは「古典学習」はどうでしょうか?
古文というのは、すでに失われた言語…つまり「死んでしまった言葉」です。
古文を日常会話で話している人はいません。なので、当然古文を耳で聞くこともありません。
古文を書いている人もいません。昔の人の書いた作品を「読む」ことは学習します。
つまり、私たちが学校で学ぶ古文は、4つの力のうちの「読む力」だけを駆使する学問なのです。
古典も言語のひとつであるのに関わらず、です。
現在それを使って話もしない、音声表現として聞きもしない、書きもしない言語。
ただ「読む」だけの言語を習得するのは、とても難しいことだと思います。
脳の機能的にも、「使わないと忘れる」のが当たり前だからです。
長年、私は古文指導を通じて、その効果的な指導法をいろいろ模索してきました。
その結果、実績が出た勉強法の1つとして、「古文作文」があります。
当時の言葉で話すことも、聴くこともできないけれど、古文を「書く」ことはできます。
覚えた単語や文法を駆使して、せめて文章を「書く」練習をさせよう。そうしたら「読む力」もついてくるのではないか?
私はそう考えたのです。
結論から言うと、この古文作文を生徒に課したところ、古文の読解力が格段に上がりました。
こちらの予想以上の効果が出たのです
もちろん、現在、国語塾みがくでも古文作文の書き方を指導しています。
ちなみに私も知識を定着させ、さらに深めるためにも、古文で日記を書いています。
こんな感じです(笑)
古文日記
朝起くるに、すずろに頭のおこづきたる心地せり。
朝夕かく暑かはしければ、身もなやみがちなり…。
巳の刻にと言ひ合わせたる人のありたるに、会はむ所に向かひき。かの人、札幌の中央区にて「まねびどころ」なむ商はむとしたる。それなるまなびやの先達として、我を頼みたると言ふ。
我こそ習ふべけれと思へば、いかにも事請けばやと思へり。
さるところにて髪切りし後、営みたるかたに返りき。
現代語訳
朝起きたら、なんとなく頭がすっきりしない感じがした。
毎日こう暑くては体調も優れない…。
10時に人と会う約束をしていたので、待ち合わせ場所に向かった。会った人は札幌の中央区で「学びのサロン」を開設しようとしている人。講座の講師として、私に声を掛けてくれたのだという。
私にとっても勉強になると思うので、ぜひ引き受けたいと思っている。
“MsoNormal” style=”MARGIN: 0mm 0mm 0pt”>美容室によって髪を切ってから、職場に戻った。