私は子どもの頃から勝ち気で、筋の通らないことが大嫌いな性格でした。
社会人になり、とある企業に3年だけ勤めます。経営陣の横柄さや理不尽な人事、女性蔑視の風潮などに辟易しっぱなしの3年間でした。同期や先輩、後輩などの人間関係には恵まれていたことだけが救いだったかな。この会社は破綻した大手銀行の子会社だったのですが、まあ消えるべくして消えた感じです。経営陣の人間力が無いと企業は永続しませんね。
その会社にいた期間、上司に改善案の要望を上げたり、社長に直談判したり、自分でも工夫を施して仕事をしたりしたのですが、驚くほど響かなかったなあ(笑)。そんな大した内容ではないのですよ。周りからも聞き取りをして、こうした方が社員にも会社側にも効率的だと言うことを提案したまでなのです。
一女子社員の意見など聞く耳を持たないということでしょうか。それとも私のアプローチの仕方が間違えていたのでしょうか。今考えるとたぶん両方ですね。
学生時代からずっと塾講師や家庭教師をしてきた私。畑違いの一般企業に就職して、「仕事のできるキャリアウーマン」になることに憧れていたのです。就職して半年で、「あれ?私のやりたかったことと何か違う…」と気づいたのですが、何事も3年は続ける(…という風潮があったのですよ、当時は)べきだと。
2年後に退職することを決意した1年目の秋、(副業は禁止でしたが)就業後に予備校講師として働き始めました。そして、所属する課は異なりましたが、損害保険代理店の旧資格を特級免許まで取得しました。コンピューター操作やテンキー早打ちを習得したり、当時は女子社員全員で行っていたお茶汲みやコピー操作などに関して、「どうせなら達人になろう!」と奮起して、美味しさと効率をとことん追求したりもしました(笑)。辞める時には、後輩が困らないように約1年分の緒手続きや前準備を終えて、作成した引き継ぎノートを託して。…やるべきことをやり尽くして会社を去ったつもりです。所属していた部長に、「坂本さんには近い将来、主任になってもらいたかったのに」と嬉しい言葉をいただけたのも三年間の会社勤めの収穫の1つでした。
その後は予備校講師として、塾講師として、また、会社経営者として全力で走り続けました。自分が経営者になると、理不尽な組織や上司に苦しめられることはなくなりましたが、その代わりにずしりと重い責任が肩にのし掛かります。現在は国語塾経営のみを行っている株式会社ですが、数年前までは全く異なるジャンルの業務を執り行う会社も2社ほど経営していました。
経営者セミナーに通い、人脈を広げる毎日は楽しくもあり、どこか違和感もあり…。また、どんなところにも女性を見下す人がいるもので、少し意見すると、「これはこれは気の強いお姉ちゃんで」とか、「そんなに怖い顔をすると、嫁の貰い手がなくなるよ」なんて言われたり。中には「仕事をあげるから…」と言って、男女関係を迫るおバカさんもいたりして。「女だてらに生意気だ」などと、時代錯誤の言葉を吐かれることもそれこそ数えきれないほどでした。
そのお言葉通り、超がつくほど気が強い性分の私です。黙って泣き寝入りなどする訳がありません。見下されたりセクハラまがいのことをされたりする度に激昂して、相手が沈黙するまで「論理」と「感情」で言い負かしてきました。今考えるとその言動もまた気に障ったのでしょうね。相手のプライドを傷つけたのかもしれません。私も当時は人間的に未熟だったのです。
講師の世界でもよくありました。
「女を武器にして生徒に好かれている」というようなことを憎々しげに直接私に言ってくる先生もいましたよ。…あまりの次元の低さに閉口してしまいます。そんなことを言う暇があるのなら己の指導力を磨け、と。
現在は鎖国(他の会社経営者と会わないこと)しているので、ストレスは全くありません。国語を通してみがく生に教えなくてはならないことが山ほどあるのに、ゴチャゴチャと無益なことを考える時間など無いのです。
これからは、更年期ゆえの固くなりつつある思考や感情と戦いながら、「女性ならでは」の強みを生かし、「細やかに、しなやかに、したたかに」経営していけたらと思っています。