人を助ける。
人を変える。
どちらも、とても難しいことです。
道に倒れていた人を病院に連れて行った…などということなら、
確かにその人を助けたことになるのでしょう。
単純に身体的なトラブルなら、「一時的」に助けることができるのかもしれません。
だけど、こんな場合はどうでしょうか。
あなたの女友達に、いつも悲観的なことばかり考え、それを口にする人がいたとします。
そんな彼女に相談をもちかけられました。
「誰と付き合っても最後には振られてしまうの。…どうしたらいい?」
私ならこう言いたくなります。
「もっと前向きになったほうがいいよ。マイナス言葉を使わないだけでも違うんじゃないのかな?」
…すなわち、『あなたの性格や考え方を変えたほうがいいよ』と。
でも、それは簡単なことではありません。
他人に考え方や性格を変えさせるのは、とても難しいことです。
相手が心からそれを納得して受け入れなければ、真には変われないからです。
心を入れ替え、行動を変える以外に相手の問題が解決しないとしたら…。
本当の意味で相手を「助ける」ことは不可能に近いということです。
結局のところ、人は自分自身の力でしか変われません。
自分自身でしか、自分を助けることはできません。
冷たいようですが、私はそれが「真理」だと思っています。
それでも何とか誰かを助けてあげたい。
そう思うのは自然な感情でしょう。
本当の意味で相手を助けることはできない。
でも、相手の「心のスイッチ」を押してあげることはできます。
傷ついた友人に無言で寄り添ってあげる。
愚痴や不満を黙って聴いてあげる。
言葉を尽くして、相手に思いを伝える。
行動で相手が喜ぶようなことをしてあげる。
知識や経験を相手に教えてあげる。
…などなど
相手を深く思いやる気持ちがあれば、いつでもこの「心のスイッチ」は入れられます。
あなたが相手の「心のスイッチ」を入れたために、何かしらの変化があるかもしれません。
「変わりたい!」
「この窮地(心境)から脱したい」
そう強く思って、アクションを起こしてくれるかもしれません。
しつこいようですが、実際に決断して行動に移すのは相手自身です。
私たちができる「人助け」は、相手の行動を促すような「心のスイッチ」を押してあげることだけ。
あとは本人次第です。
これを書いている私にも、どうしても助けてあげたい友人がいます。
そして私自身も現在、たくさんの仲間に助けられています。
私だけではありません。
人間はみな、助け・助けられてこの世に生きているのだと思います。
相手を思いやり、愛する気持ちをもって、相手の「心のスイッチ」を押してあげること。
押されたほうは、相手に感謝して、自らの意志で立ち上がること。
それが「人を助けること」・「人に助けられること」の根幹なのではないでしょうか。
とは言え、私も未熟者なので偉そうなことは言えません。
でも、この「人を助ける」というテーマはまるで今生における課題の1つのように、いつも心に在ります。