亡き母は「天然キャラ」の人でした。
楽しくて微笑ましい反面、その天然(…というか無知?)のせいで私たち子どもはいつも困惑していたのも事実です。
母に教えられた常識が、実は世間的には常識ではない、と言うことが大人になるにつれ、徐々にわかってきました。
その中の1つが「うがい」です。
うがいは普通、口に水を含んで上を向き、ガラガラガラガラと数回喉を洗ったあと、ペッと吐き出します。
ガラガラガラガラ、ペッ、が一般的なうがいですよね。
うちの母のうがいの仕方は特殊でした。
口に水を含み、えずく(嘔吐く)まで喉を洗うのです。
ガラガラガラガラ…オェッ、ペッです。
それをコップの水が無くなるまで繰り返します。洗面所から聞こえる母のうがいの声はさながら苦行でもしているかのようでした。
ガラガラ…ヴオェッ、エッ、ペッ、ふ~。
3回目あたりから、深い溜め息も混ざります。
やっている本人も相当苦しいのでしょう。
当然母は、その苦行うがいを私たちにも要求してきました。彼女にとってうがいとはそれが正しい方法だと信じていたのですから無理はありません。
結果、私たち娘も、物心ついてからずっとこの「えずきうがい」が常識だと思って過ごしてきました。
オエオエと吐きながら、『うがいとはなんと辛いものか。できることならやりたくない。』
そう考えつつ、苦しさに泣きながらうがいを毎日続けていたのです。
転機が訪れたのは小学六年生の修学旅行でした。
私は習慣から、部屋に着いてすぐにうがいを始めました。1回、2回、3回……。
ガラガラガラガラ…オェッ、ゴボッ…ペッ!
それを見ていた友人たちが弾けたように笑いだします。
「なに、そのうがい?ギャグ??…あはははは!!」
涙を流して笑っている子もいました。
その時、私は悟ったのです。
我が家のうがいは普通ではなかったのだと。
母を恨めしく思いながらも、友人たちのあまりの爆笑ぶりに、私も思わずつられて笑ってしまいました。
「ねえねえ、まだあの ゲボうがいやっているの?」
そうクラスメートにからかわれる日々がしばらく続いたことは言うまでもありません。